ドキドキ!渡豪1日目

バタついた寮退去と荷造りについては、またいつか記載しようと思うので、割愛します。

見送りに来てくれた方々、ありがとうございました。余裕のなさすぎた私を許してください!見送りがあっただけで心強かったです!本当にありがとう!

そんなバタバタを経て、予定通りに出発したカンタス飛行機内では、すでに英語で溢れていました。JALなど日本の航空会社にしていれば、オーストラリアに到着するまで日本語であったかもしれませんが、日本から離陸前に海外気分でした。

 

航空機に関する私の失敗談についても後日記載しますね。

 

上空ではほぼ爆睡か機内食食べるかという、食っちゃ寝フライトでした。先輩にいただいた、首に巻く枕が快適すぎてより一層眠れました。9時間のフライトを経て、いざ、シドニー空港に行かん!と、気合を入れて降りました。理由は明確で、入国審査時に英語を聞きとれるかどうかがひたすら不安というだけです。質問されるであろう事項の返答英語をひたすら頭の中でグルグルさせながら入国審査へ行くと、なんとビックリ、入国審査がコンピューターまかせでした!しかも、「ジャパニーズ ライトサイド」と日本人のみ機械化され、その他の方はきちんと面接あり!

 

Why Japanese pepole!?

とみなさん思いましたか?思いますよね!?そこで、現地日本人スタッフに聞きました。

答えは単純で、日本人は信用されているそうです。「ええー、それだけ!?」て感じですよね。私もそう思います。細かくは色々提携とかがあるそうなのですが、簡略的に言うと信用されている、ただそれだけだそうです。

そんなこんなで、ドキドキの入国審査はオールスルーで終了。あっけないものでした。

 

キャリーバッグを受け取り、送迎が来るという場所で待機していました。同じようなお迎えの人がたくさんいて、一人ひとりを確認してみるものの、私のお迎えがありません。まあ、外国だしこんなもんだろうとのんびり構えて早30分、そろそろ腰が痛くなってきました。なんせ私の荷物は重いんです!もう一度辺りを回ってみるが、お迎えの気配なし。遭難時はその場にじっとしていろというから最初の場所に戻り、さらに30分待つがいない。もう一度辺りを回ったときに、やっと見つけました!は~、お互いにすれ違っていたようでした。いや~よかったよかった。疲れた疲れた。しかも日本人の方で安心感倍増しましたね。

 

その後、なんやかんやし、昼過ぎにホームステイ先へ行きました。

家族構成は、父、母、娘、息子、わんこの5人家族です。シドニー郊外のモスマンというところに家があり、周りは住宅街で、まさに映画から飛び出してきたような風景でした。どう見ても高級住宅街です。

一時的にお金持ち気分ですね!

玄関へ行くと。お母さんが迎え入れてくれました。とても優しそうな、だけど気の強そうな印象です。メールでは、お母さん一人だけという話でしたが、渋滞で少し時間が遅くなったからか、お父さんと娘さんもいました。お母さんが部屋の説明や周囲の案内をしてくれましたが、いかんせん英語なもんで、あまりよく、というか半分以上は何言っているのかわかりません。何度も聞き返してやっとわかるという状態です。まあ、予想よりは何言っているかがわかってよかったです。これから1ヵ月でもっと話せるようになりたいですね。

 

とりあえず部屋を片付けて、お土産渡したところで、お母さんより「私たちはディナーパーティーに出かけるから、夜は娘に任せてあるから」的なことを言われました。歓迎会されるとかは思ってなかったけど、さすが外国、自由ですね。娘さんと娘さんの彼氏と弟くんと台湾人の留学生と私という奇妙な夕食でした。食事の時になって初めて台湾人がいることを知りました。お子達3人がさらさらっと英語をしゃべっているのをBGMにパスタを食べました。何を話しているのか、まじで全くわかりませんでした。そして無言の台湾人。奇妙な夕食でした。

 

疲れたので、シャワーを浴び寝ました。

 

余談ですが、シドニーの家はだいたいが築40年以上らしく、とんでもねぇ寒い家ばかりだそうです。しかも、シドニーは1日で四季を体験できると言われている程、気温の日内変動が激しく、あんなにも昼間は暑かったのに日が沈むと極寒です。猛烈なる寒がりの私はなかなか寝付けず、寒さをしのぐために腹筋や腕に力をこめてエネルギーを燃焼し、どうにか寝付くことができました。明日には布団を増やしてもらおうと思います。

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